昭和40年01月03日 夜の御理解
今日もおかげを頂いて椛目のお広前は大繁盛でした、朝から。本当に私は有難いと思いますことは、椛目のご信者さん方は、その日頃、例えば、親戚なんかにでも、いつもそれが話してあるもようですね、おかげを頂いてある事が、椛目のもようが。ですからこの正月ともなるとですね、思いもかけない人達が参って来るんですね。いわゆる今日、ま、いうならあの高橋さんの姉さんの嫁いっている先の福岡のね、あのご 主人が親子四人連れで参ってみえておりました。
今日は又、秋永先生が、ふみさんのご兄弟の十二人からある兄弟がおられますけどね、それが一人一人その家族ぐるみでお導きが出来よると。今日も、今日初めてというふみさんの兄弟の日本水産に勤めておられるという方が、光男さんと四人連れで参って来ております。伊万里の高山さんところの娘がここに嫁いっておるが、あっちは皆家族で今日は四名で参って来ておるというようにですね、本当に椛目という所が有難い所だといったような話がですね、してあるから正月にでもなると。
ああして皆が参って来るんじゃないかと思うんですね。そんな訳で、まあ今日は大変賑わいましたわけですけれども、それに上熊本が一つれ十何人か、それから伊万里がまたひとつれ。もう本当に、丁度私十二時まではここで奉仕させてもらいましたけれども、後はそんな訳ですから、お正月のちょっとしるしもさし上げにゃならんというふうで、本当に、挙げて、てんやわんやでございました。
本当に段々おかげが頂いていけれる。まあだ椛目の場合は、なんというですか、私の気の付かないところに、このいうなら椛目の宣伝が行き届いておる。いよいよという事になった時に、それがものになると言うとおかしいですけれども、本当のおかげが頂けれるひとつの元に又なっていくのじゃないかとこう思います。甘木あたりでも、ああして段々、初めから大きかったのじゃなかった。そういうような聞き伝えに伝えた人達がああして甘木、甘木と言うて集まるようになったら、もう普通の甘木じゃない。
大甘木(だいあまぎ)というようになった。者さんでもそうです。ね。大変なおかげを頂かれる信者さんが出来てくるようになると、例えば平田さんあたりの事を大平田(だいひらた)と言うようになってまいりました。大の字が付くという事は有難いですね。だから、なんとはなしに大の字が付くだろうと思われるような雰囲気がです、有るという事が有難い。今日も上熊本の人達が参って来てから、もうそれぞれに初夢の中に椛目と関連した事を頂いとります。
まああっちの指導者であります、総代でもある<みぎた>さんなんかが朝頂いとられるのが、『川でその、たびでそのたびで網で魚をすくうておると。ところがその上の方から私がですね、ずぅっとこうやって追いさげて来て下さる。してこう上げたところがですね鮒が何匹もそのぴちぴちと跳ねて入っておった』というお知らせだった。宮崎さんでしたか頂いとられたのは、上熊本の教会がよろずやさんになっておられる。そして、その、まあいろいろ深いいろんな事を頂いとられましたけれどもですね。
どうでもこうひとつ皆さんが椛目の信心を頂いてです、その信心を上熊本の教会に生かしていく事によってです、同じよろずやさんでも、デパートになるようなおかげを頂かんならんというお知らせを頂いとります。ね。それに〔例えば、先生が信者一人一人の事にです、そのあっちや走り回りなさるといったような事ではおかげにならん、といったような事を、これはかねみつ先生に対して信者を通して頂いておられます。ね。
椛目の場合でもそうです。私のここの場合なんかでも、まあ確かに私共はそのひとつのせっかく頂くならばデパートのようなおかげを頂きたいと思いますね。同じ小売商よりかか、同じ商よりも、もう何もかにもが、しかもなら私が何処にでも顔を突っ込むのじゃない、例えば、ボタン一丁押せばです、あらゆる部門に響いていくような、末梢神経に至まで活動が始まるようなおかげを頂きたいとこう私は思うんです。
今朝から、堤(つつみ)きよしさんが元旦から二日にかけての初夢のお届けにみえました。その中にです、元旦早々、うちの主人が、お父さんが亡くなっておるというお夢を頂いた。そして目が覚めてから、きよしさんが思うたこと。ハァー大変なお知らせを頂いたと。今年は椛目の十五年祭。しかも、さまざまな大きな問題が椛目にはある。ためには例えば、お父さんな死んだ気持ちで、私が後は引き受ける。もうとにかく椛目の御用だけに、一年【一念? 】してもらわんならんと。
総代としての御用を全うしてもらわんならんと。もう元旦早々、死んだつもりでおかげ頂かんならんというような事を感じたと言うております。ね。そういうひとつのです、なんとはなしにそういう働きがありよるです。もう私今日初夢の中に頂いとる事だけでも、もう本当に胸がわくわくするような素晴らしい事を皆さんが頂いとられるです。いわゆる大椛目としてのですたい、おかげの頂けれる何かそういう躍動的なもの。
今朝の私御祈念にも話したことでしたけれども、まさきさんが朝のご祈念に元旦に参ってくる時なんか『暁修業』と頂いた。しかも『暁修業』というのが「ぎょう」が彳ぎょうにんべんの「行」ではなくてから家業の「業」でした。これも随分大変な意味あいが込められておる。今朝は『椛目の曙』と頂きました。椛目の夜明け前だという感じなんです。ね。そういうひとつの勢いがです、なんとはなしにこう感じられます。ね。
今日も只今申しますように、椛目の信者さんのこれだけなんだけれども、それにはやっぱり親戚付き合いというのがある。それがやはり、皆がもういつの間にか話し込んであるということ。参ってこん、お導きは出来ておらんけれども。それが正月ともなると、皆やはり夫婦、親子そろうてお参りをしてみえられるという事。ね。それにはまだそれに繋がりがあるでしょう。
まだ私共が知らない、いわゆる目に見えるおかげより、目に見ないおかげの方が大変なものだと私は思うのですけれども、目に見えないおかげがです、目立ってくるようになった時が、私は椛目のいよいよ、いわば大椛目というようなおかげを頂ける時じゃないかと、こう私今朝から、今日思わせて頂いた。おかげを頂きましてから、本当に皆さんがそういうような中に信心のけいこをさせてもらい、そういうひとつのいうなら自覚かね、覚悟か、うん、そういう自覚に立ってから。
そういう信心を身につけ、いよいよ大椛目の中にある私たちと、そういう大きな祈りの中にある私共というおかげを頂かせてもろうて、ね、小さい、私が助かりゃ、私の一家が無事であればといったような小さい信心からです、いわゆる大きな信心に、行き詰まりのない信心に、そういう信心にもう今年こそ目覚めなければいけない。『椛目の曙』。そのことからでも元気が出る気がいたしますですね。おかげを頂かなきゃなりません。